子宮筋腫による子宮摘出手術③【入院3日目・手術翌日】

こんばんは。今日から四大陸選手権ですね。フィギュアスケートは子供の頃から細く長く観ているバードです。近年は特に細く・・・ですが(汗)紀平選手のおかげでまたちょっと見始めました。


今日は手術の翌日の話です。
手術を無事に終え、長い長い夜を耐え朝を迎えました。
吐き気は、想像していたよりは楽でした。朝までずっと吐き続ける覚悟だったので本当に良かったです。吐いたのも3回ほどで済みました。

手術の麻酔の件もそうですが、最悪な事を想定していた方が、"あれ?思っていたより痛くない"とか"つらくないじゃん"と思えるのでいいかもしれません。

朝の3時くらいにようやくうとうと眠り始め、6時に目が覚めました。
特に痛みもありません。
6時半になると看護士さんが検温に来ました。病院の朝は早い。

何もすることがなく、というか何もできないのでただ寝ているだけです。
その日は、歩いてトイレまで行けたら尿管がとれると聞いていました。
ベッドで寝ている私は「あれ?なんかすぐ歩けそうな気がする!私、すぐ歩けるんじゃないの!?」と変な自信が沸いていました。結果その自信は打ち砕かれることになりましたが(笑)

午前中に母と姉が来てくれました。
姉には「病気でもないし、たいしたことないからお見舞いなんて来なくても大丈夫だからね」と伝えておいたのにわざわざ来てくれました。
近所に住んでるならまだしも、病院まで車で2時間以上もかかるし、前の週は海外出張だと聞いていたので疲れているだろうと思い遠慮していたのですが。
姉妹とはありがたいものです。
出張のお土産と雑誌を持ってきてくれました。

ちょうど2人が来ている時に、立ってトイレまで歩く練習をすることになりました。
同じころ、同室の野村さんも練習が始まったらしくカーテン越しに声が聞こえてきます。
立った瞬間に驚いたように「あー!くらくらする!」と言っているのが聞こえてきます。でも少しすると、トイレがある所まで歩け、尿管もとれたご様子でした。

私もベッドから立ってその場で足踏み・・・
気持ち悪い(´д`|||)
とても歩けませんでした。歩けないので尿管もとれず。
母からは「情けない」の一言。
相変わらず口が悪い。口が悪いというか、思いやりというものがない。
姉が「まぁまぁ。焦らずゆっくりにね」とフォーローしてくれました。
さっきまでは余裕で歩けると思っていたのに。寝ている時と立った時とではこんなに違うのかと思い知りました。

2人はお昼前には帰っていきました。
午後からは、術衣からようやくパジャマに着替え、体を拭いてもらいました。
看護師さんに「パンツどこに入ってますか?」と聞かれ、棚に入ってる場所を伝えると取ってくれ、オムツからパンツへと履き替えさせてくれました。
「ボディソープありますか?」と聞かれそれも伝えると棚から取り出し「けっこうイソジンがついているんですよー」と言って洗ってくれました。私は寝ているため自分の身体は見えないので、へー、そうなんだーと思いながら、何から何までありがとうございます、という心境でした。
看護師さんにとっては見慣れたいつもの状況だと思うから、恥ずかしいという気持ちはそれほど持ちませんでした。

すると、カーテン越しに野村さんも身体を拭いてもらっているのが話し声から分かりました。
あれれ?でもあちらはボディソープはどこ?のくだりがない。
看護師さんが違うと接待も違うのね、などと思って聞いていました。
のちのち、野村さんとお話した時に「あれ?バードさんはボディソープとか聞かれてるけど、私は聞かれないなぁ」と思っていたんだそうです(笑)

夕方、もう1度歩いてみたのですがやはり気持ち悪くなり、その日は尿管はとれませんでした。
20時に点滴がとれ、そのあと歯磨きをするために洗面所まで歩いてみたらようやく吐き気もありませんでした。

21時の消灯が過ぎてから、傷口が痛いような熱いような感じがして内服薬を飲みました。
そのころには、のどの痛みもすっかり消えていました。

しかし21時消灯は早い。