御朱印ブームから収集癖について考えてみた

こんばんは、バードです。
2019年からブログをスタートして5ヵ月目に突入。細々と営業中です。
アクセスが0の日なんてざらの弱小ブログです。

そんな弱小ブログですが、先日2回目のスマニューに掲載・・・した模様。

またしても自分のブログを見つけられませんでしたが、一体どこに載ったんだろうか~!?探しても探しても見つからない迷子の我がブログ。
読んでくれた人は奇跡に近いです。
ちまたで言うスマニュー砲とはどこの話ですか??っていうくらい恩恵がない(笑)
我ながら笑えます。


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では気を取り直して。

流行ってますね、御朱印ブーム。
御朱印を集めている女性を御朱印ガールと呼ぶみたいですね。

山ガール、森ガールに始まり、釣りガール、歴女、カープ女子、インスタ女子、なんだかいろいろありますよね。
◯◯女子とか◯◯ガール。

みなさんは何ガールですか?
ちなみにバードは馬女です。
そのうち馬の話もしたいと思います。

御朱印ブームについて思うこと。
パワースポット巡りが流行り出し、そこから神社やお寺巡りにハマった人は多いのではないでしょうか。
御朱印ブームもその流れにより加速したのかもしれませんね。

先週、GW中に御朱印を巡ってトラブル続出とのニュースを見ました。
巫女さんや職員の方に暴言罵声を浴びせた人たちがいたそうで、本当に腹正しいです。
そんな人は神社を参拝する資格なんてないと思います。

浅草神社では、今年は三社祭の期間中は特別御朱印の配布をとりやめることにしたそうですよね。

楽しみにしていた人たちがたくさんいただろうに、と思うと何ともいえない気持ちになります。

御朱印を何倍もの値段をつけて転売しているようですよね。
なんだかバチ当たりに思ってしまいます。
売る人も売る人ですが、買う人も買う人です。

もともとの御朱印の起源は、写経をしてお寺に奉納し、その証として頂くものだったようです。
現代では、写経を納めなくても参拝すると御朱印を頂くことができます。

やはり自分の足で神社やお寺に行き、参拝してから頂くのが筋かなと思うわけです。
もちろん、なかなか遠方までは行けなかったり、色々な事情で自ら参拝に出向けない人もいるかもしれません。

そういった人ではなく、ただ単に収集が目的なってしまっている人には疑問符がつきます。

私は御朱印は頂いたことはありませんが確かに素敵ですよね。
筆文字の素晴らしさとかデザイン性、そして思い出にもなりますし。

頂きたい気持ちと集めたい気持ちも無きにしもあらずですが、なにせ断捨離中の身の私としては集めてはダメだとブレーキがかかります。

それこそ、これから歳をとるにつれてお寺や神社に今まで以上に興味が出てくると思うので、参拝する機会も増えるでしょう。
どんどん集めても、いずれまた本格的に終活をすることになった時に、処分に困ることが目にみえています。
簡単にポイッと捨てられる代物ではありません。

そう考えた時に
「あ、集めるのはやめておこう!」
となるのです。

これは御朱印に限ったことではありません。
何かを集めるということは、最終的に誰かが処分をしなくてはいけない状況が必ずやってきます。
私は子供がいないので、できるだけ他人に迷惑をかけない為にも、死ぬまでに自分で前もって処分しておこうと考えています。
ですから、そもそも社会人になってからは収集癖はありませんが、これからも物を集める事はしないでおこうと日々心に誓っています。
もともと物欲もあまりないので、生活に必要な物以外はまず買うことはないですけどね。

私の母は、物欲がある人は心が満たされていない人だ、と昔からよく言っていました。

ということは、物欲があまりない私は心が満たされているのか!?
そんな事はないような(笑)

それはさておき、収集癖があったり、物がなかなか捨てられない人は死んだ後、残された人が迷惑しますよね。

御朱印を集めている人たちは、最終的にはどうするんでしょう?
集めるのは個人の自由ですが、とにかく丁寧に扱ってくれる事を願っています。

御朱印ブームのニュースから、収集癖について考えてみた1週間でした。